金子良照選手が16日史上30人目の通算2500勝という大記録を達成!
金子良照選手が、6月16日に行われたボートレース尼崎・一般戦の最終日2Rで史上30人目となる、通算2500勝を達成しました!
この記事では、デビューから37年という長い間を現役で走り続け、現在もA級レーサーとして活躍する金子良照選手のプロフィールや2500勝という大記録について詳しく紹介してきます!
金子良照選手が史上30人目の通算2500勝!
金子良照選手が、6月16日に行われたボートレース尼崎・一般戦の最終日2Rでインコースから逃げて快勝しました!
これによって、史上30人目となる通算2500勝の偉業を達成しました。
1984年5月のボートレース浜名湖・一般戦でデビューし、8949走目での快挙に「2500勝は一つ一つの積み重ね。これからも一つ一つ積み重ねて出来る限り続けたい」と感慨深そうに話していました。
同じ静岡支部で後輩でもある、徳増秀樹選手が金子良照選手を水面に力一杯放り込む水神祭は本当に感動しました!
金子良照選手のプロフィールを紹介!
続いて、金子良照選手のプロフィールについて紹介します。 金子良照選手のプロフィールは下記の通りです。
- 登録番号:3256
- 生年月日:1964/10/29
- 身長:160cm
- 体重:53kg
- 血液型:O型
- 支部:静岡
- 出身地:静岡県
- 登録期:54期
- 級別:A2
金子良昭選手は、1984年5月ボートレース浜名湖・一般戦で初出走し、同期には江口晃生選手、一門には菊池孝平選手、横澤剛治選手など競艇(ボートレース)界を代表する選手がいます。
1987年3月には、ボートレース浜名湖で初勝利を挙げると、1992年12月に競艇王決定戦で勝利し、G1初勝利を飾りました。
そして今回、デビュー37年目にして史上30人目の通算2500勝の大記録に到達したのです。
金子良照選手と言えば、SG初優出だった1994年のとこなめ「第41回ダービー」で1号艇で出場しながら落水失格をし、レース後に当時流行ったドラマのセリフを真似て「同情するなら金をくれ!」と言って話題になりましたね。
これがきっかけになり、後にそれまで賞金を失っていたSG優勝戦での選手責任外の事故艇にも、手当が支給されるようになったなんて言われています。
また息子で長男の金子萌選手が113期生として、デビューしていて共に注目です!
通算2500勝がどれだけ偉大な記録なのか!
競艇選手(ボートレーサー)は、登録番号で見ますと過去の選手も含めて現在5203までなので、単純に通算2500勝達成した選手は5203人の中で30人しかいません。
各競艇場(ボートレース場)には様々な特徴があり、また季節や天候などにも左右されますので、その中で2500勝というのは競艇選手(ボートレーサー)として、超一流の証です。
デビューから37年もの間現役として走り続け、50歳を過ぎて大記録を達成し、「これからも一つ一つ積み重ねて出来る限り続けたい」とまだまだ挑戦すると思わせる言葉を言っていた金子良照選手の今後のご活躍から目が離せません!
- テルミツ
- 湘南で付近で生まれたドラえもん体系の東京住み30歳。 日々競艇の勉強しながら、将来的には独立目指す。
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